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最高裁判所第三小法廷 平成10年(オ)881号 判決

広島市安佐南区川内二丁目四一-二

上告人

島田利晃

右訴訟代理人弁護士

小松陽一郎

池下利男

村田秀人

右補佐人弁理士

古田剛啓

名古屋市千種区丸山町二丁目二二番地

被上告人

株式会社 キョクトー

右代表者代表取締役

草野和義

右訴訟代理人弁護士

塩見渉

右当事者間の広島高等裁判所平成七年(ネ)第四〇〇号実用新案権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成九年一二月二六日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小松陽一郎、同池下利男、同村田秀人、上告補佐人古田剛啓の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

(平成一〇年(オ)第八八一号 上告人 島田利晃)

上告代理人小松陽一郎、同池下利男、同村田秀人、上告補佐人古田剛啓の上告理由

第一 明らかな最高裁判所判決違反・法令違背について

〔本件は、実用新案権侵害を肯定した一審判決を原判決が取り消したものであり、しかも、産業界のみならず国際的にも注目されている知的財産権訴訟に関わるものであるので、御庁におかれては、十分に慎重に吟味判断願いたい〕

一 本件は、被上告人の凹溝付カッター(スポット溶接の電極研磨具)に先使用権を認めることができるかどうかという争点に関する比較的シンプルな事案である。

被上告人の凹溝付カッターの開発の事実経過について原判決の事実認定が経験則等に反することについては後述するが、たとえ、原判決の事実認定を前提としても、原審の右判断は、実用新案法第二六条の準用する特許法第七九条の「事業の準備」に関する最判昭和六一年一〇月三日最高裁第二小法廷判決民集四〇巻六号一〇六八頁の判断に明らかに違背するという初歩的なミスを犯しており、法令違背の違法を免れない。

二1 先使用権が成立するためには、まず、既に「発明が完成」(本件では「考案が完成」)している必要がある。

このことは、既に確立した判例であり、学説の一致するところでもある[最判昭和六一年一〇月三日最高裁第二小法廷判決民集四〇巻六号一〇六八頁、

最高裁判所判例解説民事編昭和六一年度四〇六頁(「発明は、着想に始まり、課題の設定、課題解決のための技術手段の構成、それによる効果の確認という段階を経て完成に至るものであり、右最終段階に到達していないものが『発明未完成』である」とする)、

松本重敏「特許法七九条の先使用権者の通常実施権の効力範囲」民商法雑誌九八巻一号一〇五頁、

牧野利秋「特許法七九条にいう発明の実施である事業の準備の意義と先使用による通常実施権の範囲」内田修先生傘寿記念判例特許侵害法Ⅱ七五七頁(「先使用権制度を支える根拠は、最先の出願に先立って、これとは別個に独自の精神的創作としての発明を完成したことにあると解すべき」としている)、

注解特許法第二版増補上巻七六五頁、

牧野利秋編・裁判実務体系9工業所有権訴訟法・飯田秀郷「先使用権(1)三〇七頁(「事業の準備から把握される発明は、その際にまとまったものとして完成していなければならない」とする)、

中山信弘著・工業所有権法(上)・弘文堂四〇九頁、

大阪地判昭和四一年二月一四日判例時報四五六号五六頁熔溶アルミナの製造法事件(「その発明が既にまとまったものとして完成していたこと」が必要であるとする)等参照]。

2 発明の完成について、最判昭和六一年一〇月三日判決では、「発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作であり(特許法二条一項)、一定の技術的課題(目的)の設定、その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成しうるという効果の確認という段階を経て完成されるものであるが、発明が完成したというためには、その技術的手段が、当該技術分野における通常の知識を有するものが反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し、またこれをもって足りるものと解するのが相当である(最高裁昭和四九年行ツ代一〇七号同五二年一〇月一三日第一小法廷判決・民集三一巻六号八〇五頁参照)。」と判示されている。

3 本件は実用新案権についての事案であるが、実用新案法第二六条は、特許法七九条を準用しており、また、実用新案法の目的とされるところが小発明の保護であり、「考案」は「自然法則を利用した技術思想の創作」(実用新案法二条一項)であって、「発明」との相違は創作として高度であるか否かに過ぎないことから、右発明の完成に至る課程、及び「発明の完成」に関する解釈は「考案の完成」にそのまま該当するものであり、この点については全く異論のないところである。

したがって、「考案が完成」しているというためには、「一定の技術的課題(目的)の設定、その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成しうるという効果の確認という段階を経て」いる必要があり、「その技術的手段が、当該技術分野における通常の知識を有するものが反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要」することになる。

三1 ところがこの点について、原判決二三頁以下は、

「控訴人においては、同様に平田プレスの取引業者として、右保全グループの凹溝付きカッターの試験等に協力し、昭和六二年一一月一〇日、右グループから交付された手作りの見本を基に凹溝付きカッター五個を橋周機器製作所に製作させて平田プレスに納入し、また、同年中に、橋周機器製作所に、右平田プレスに納入されたものと同様のカッターのほか、大きさや形状の具なる凹溝付きカッターの製作を発注し、相当数を製作させていたのであり、右平田プレスに納入された五個の凹溝付きカッターが、納入の段階では、実用化に向けてさらに耐久性等の試験を要するいわば試作の域を出ないものであった」と認定しているにもかかわらず、先使用に基づく通常実施権を認めている。

しかしながら、被上告人の「製作した凹溝付カッターは、実用化に向けてさらに耐久性等の試験を要するいわば試作の域を出ないものであった」のであれば、「その技術的手段により所期の目的を達成しうるという効果の確認という段階を経」ているとは到底言い得ず、また、「その技術的手段が、当該技術分野における通常の知識を有するものが反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されている」とは言い得ないことも明らかである。

2 なお、原判決は、右判示部分に引き続き、「その後、その実用化に向けてこれに大幅な改良が加えられた形跡がな」い、としているが、「試作等から最終的にそのまま採用されることとなったとしても、本格的にこれを採用するとの企業等の意思決定がなされた時から事業の準備が開始」されたとされるのであって(例えば、吉藤幸朔著・熊谷健一補訂「特許法概説〔第12版〕五八一頁)、結果的に何ら改良が加えられることがなかったとしても、それは発明・発見に通常伴う発明等の完成に至るまでの「効果」の確認のプロセスに過ぎないのであって、「発明」の途中のこのような「未完成」状態を結果的に遡及させて「完成」と見なしうるもの足り得ないことも明白であるから、右説示は何の意味も有しないし、右事実をもって「未完成」を「完成」とすることは許されないものである。

そして、原判決のどの部分を見ても、上告人が出願した昭和六三年二月五日までに、平田プレスなりが本格的に被上告人のカッターを採用するとの企業の意思決定があったとする本件考案より早い「考案の完成時期」(それは抗弁事実である)について触れられている箇所は存在しない。

四 したがって、原判決認定の事実が仮に存在するとしても、本件考案の出願時点でいまだ考案が未完成であることの事実を認定しながら(少なくとも、右出願時までに考案が完成していたとの事実を認定せずに)、先使用に基づく通常実施権を認めた原判決は、実用新案法二六条の準用する特許法七九条にいう「事業の準備」の解釈を明らかに誤っているものである。

五 原判決は、被上告人に対する右先使用に基づく通常実施権の存在を認め、抗弁に理由があるとして、上告人の本訴請求を「その余の点について判断するまでもなく理由がないから失当としていずれもこれを棄却する」と判示しており、右判決には影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤りが存する(旧民訴法三九四条)。

第二 経験則違反・理由不備の違法について

一 原判決は、被上告人のカッターの開発過程につき、被上告人が平田プレス以外にもケミカルジャパン株式会社をはじめ数社に凹溝付きカッターを販売したとの被上告人の主張を除き、被上告人の主張を全面的に採用している。

二 しかしながら、被上告人の主張については、その主張を裏付ける客観的な証拠は存在しておらず、証人橋本道明(第一審)、証人太田光哉(控訴審)、被上告人代表者草野(第一審及び控訴審)の証言はいずれも客観的な証拠に矛盾し、変遷を重ねるなど信用性を有しないものである(右の証拠の不存在及び証人橋本、被控訴人代表者の証言が信用できない旨は第一審判決において詳細に認定されている。また、原審二〇頁以下も、なぜか、一部分に限り〔但し、これが一〇年も前の事実についての偽りの証言であってその有する意味は極めて重大であるが〕、右供述の信用性を否定している)。

にもかかわらず、何らその根拠を明らかにすることなく、第一審判決の経験則に合致する詳細な認定を覆して、被上告人の主張を認めた原判決には経験則違反の違法が存するものである。

以下、右の点を明らかにするため、乙第一号証、乙第三号証、乙第五号証、乙第二九号証の一ないし四、乙第三〇、三一、三五号証ないし三九号証が客観的証拠と言い得ないこと、及び、証人橋本道明(以下「証人橋本」という。)、証人太田光哉(以下「証人太田」)、被上告人代表者(以下「草野」という。)の証言が信用しえないものであることにつき論じる。

三 乙第一号証の作成時期について

1 乙第一号証の作成時期について、原判決は、昭和六二年一一月一〇日に被上告人が平田プレスに凹溝付きカッターを納入した際に提出したとしている(原判決一七頁七行目)。

2 この点、第一審判決は、乙第一号証の図面が先使用の事実を示す重要な証拠であることを指摘し、それにも関わらずその作成年月日につき、被上告人が当初昭和六二年七月一三日と主張し、上告人からその虚偽が指摘されるや、同年九月一五日頃に変更し、さらに同年一一月頃と変更するという変遷を重ねていること及び被上告人代表者本人尋問において乙第一号証の作成者である草野が作成年月日を覚えていないことを併せ考えれば、乙第一号証が同年一一月頃に作成されたとする証人橋本の証言及び草野の尋問の結果は信用できないとしている(第一審判決一二枚目裏一〇行目4以下)。

3 右の点につき、証人橋本は図面そのものを見た時期を明確に証言しておらず、製品ができあがってから後になって見たと証言している(第一審同人証言一三三項、但し、証人橋本の証言が信用しえないことについては後述。)。

また、草野は、第一審、控訴審と乙第一号証を修正した事実を認めているが、その修正時期については昭和六二年一一月終わりから一二月初めといったん供述したうえ(控訴審同人調書一七三項)、いわば「その舌の根が乾かぬうち」に、それ以降になって修正した旨供述し(控訴審同人調書一七四項)、結局明確に修正した時期を述べていない(控訴審同人調書一六一項ないし一七七項)。

4 結局、原判決の「昭和六二年一一月一〇日の被上告人製品納入に際して従前の図面(甲第一号証)を乙第一号証に書き直して平田プレスの購買部門に提出した」との事実認定の根拠となるものは、草野の昭和六二年一一月一〇日に平田プレスに納入した旨の供述、証人橋本も控訴人の指示で一〇月末から一一月初め頃、被告に納入した旨の証言しか存在せず、客観的な証拠は一切存在しない。

そして、右の証人橋本及び草野の両供述は、客観的証拠でかつ溝付きカッターを実用のものとしていく過程で作成され十分な信用性を有する甲第五号証と明らかに矛盾している(甲第五号証の信用性については第一審判決、原判決とも認めるところである。)。

すなわち、甲第五号証には昭和六二年一一月二三日の段階で、ようやく材質、形状に見通しが出てきたと記載されており、この時点でいまだカッターの切れ味、耐久性を向上させるための検討が平田プレスと上告人との間に行われていたことは右記載から明らかである。

5 このように乙第一号証の作成年月日については、作成者である被控訴人代表者草野の供述は不自然な変遷を重ね、結局明確な作成時期を供述できず、証人橋本もその時期につき明確に述べていない。そして、被上告人の製品の納入時期についても客観的な証拠である甲第五号証に明らかに反しているにもかかわらず、昭和六二年一一月一〇目の被上告人製品納入に際して従前の図面(甲第一号証)を乙第一号証に書き直して平田プレスの購買部門に提出したとの原判決の事実認定は明らかに経験則に反するものである。

6 乙第一号証の真偽は先使用権の成否にとって極めて重要なものであり(この点は第一審判決一二丁裏最終二行も認めている)、いわば唯一の証拠について原審が詳細に分析認定しその証明力を否定したにもかかわらず、何ら具体的な理由を示すことなく、全く逆の事実を認定するためには、十分な理由付けが必要であることは論を待たない。

したがって、この点で、理由不備の違法があり、結論に影響することも当然である。

四 乙第三号証について

原判決は、被上告人の製品の開発経過を認定する証拠として第一審判決では排斥されている乙第三号証を用いている(原判決一〇頁一行目)。

しかし、乙第三号証の記載内容については、第一審判決で述べられているように甲第五号証の記載から認められる昭和六二年一一月一〇日の時点で溝付きカッターが未だ検討中であるという事実に明らかに反していること、乙第三号証を実質的に作成した森谷が平田プレスに残っている書面等を調査してその証明書を作成したことを認めるに足りる証拠がないこと、森谷自身昭和六二年一一月二八日現在では材質の見通しがでてきた段階にすぎなかった(すなわち「考案未完成」であった)ことを認めていること(第一審同人調書一九〇項以下)からすれば、その信用性がないことは明らかである。

五 乙第五号証及び乙第二九号証の一ないし四について

1 原判決は、第一審判決で排斥されている乙第五号証及び乙第二九号証の一ないし四を用いて、被上告人の製品が平田プレスに昭和六二年一一月一〇日に納入されたとの事実を認定している。

2 しかし、原判決も認めるとおり乙第五号証、乙第二九号証の一ないし四の記載からは、そこに記載されているカッターが凹溝付きのものか否かを特定することはできないものである(第一審判決一二枚目表、裏)。

乙第一六号証は品名として「電動用カッター TDA-CC」と記載されているが、右カッターに凹溝が付いていなかったことについては納入先である株式会社大広が作成した証明書(甲第一三号証)から明らかである(原判決もこの点については認めている、原判決二一頁)。乙第五号証、乙第二九号証の一ないし四に記載されている品名は、「TDA-CC」であり、その他は材質、サイズ等を記載してあるに過ぎず、乙第一六号証と何ら差異は存在しない。

3 一方で「TDA-CC」の記載ある納品書のカッターを第三者である株式会社大広の証明書(甲第一四号証)を用いて凹溝なしと認定しながら、他方で「TDA-CC」の記載ある納品書のカッターを凹溝が付いたカッターと認定するのは重大な矛盾以外の何ものでもない。

4 このように原判決は、品名の同一なものを一方で凹溝なしと認定しながら、他方で凹溝ありと認定しておか、右認定は明らかに経験則に反するものである。

六 乙第三〇、三一号証について

乙第三〇、三一号証は被上告人会社のパンフレットであり、同パンフレットには作成年月日の記載はなく、被上告人が凹溝付きカッターを作成した時期を何ら明らかにするものではない。

七 乙第三六ないし三九号証について

1 乙第三六号証ないし第三八号証が凹溝が付いていないカッターであることは、被上告人も認めるところであるが、乙第三九号証の「TDA-CC(SK4)」が凹溝付きカッターであり、同書面の日付である昭和六二年一一月一〇日に凹溝付きカッターを平田プレスに納入したと主張し、原判決では、右主張に沿つた判断がなされている。

2 しかしながら、右に述べたようにSK4とはカッターの材質の硬度にすぎず乙三九号証の記載中品名の部分は「TDA-CC」である。そして、「TDA-CC」の品名のカッターが凹溝のないカッターであることは乙第一六号証、甲第一四号証から明らかであり、乙第一六号証の日付である昭和六二年一一月二七日に凹溝のないカッターを「TDA-CC」の品名で被上告人が株式会社大広に納品している事実からしても、乙第三九号証に記載されている「TDA-CC」が凹溝付きのカッターであるとの被上告人の主張は何ら根拠のないものである。

3 また、証人太田は、乙第三九号証で品名が「TDA-CC」に変更したことを挙げて、昭和六二年一一月一〇日の時点で凹溝付きカッターが完成し、硬度も確定しており、被上告人から溝付きカッターの納入を受けた旨を証言している(乙第三五号証、控訴審第二回同人調書四四項、第三回同人調書五三項、五四項)。

しかし、右証言は、乙第一六号証、甲第一四号証と矛盾するばかりでなく、次の点から信用することができないものである。

すなわち、証人太田は一方で右「TDA-CC」という品名を乙第三九号証の納品書上でみた旨証言し(控訴審第二回同人調書四四項ないし四七項)、他方で品名変更前の古い溝なしのカッターの品名は記憶していないと供述する(控訴審第二回同人調書二二五項)。さらに、乙第二号証には溝付きカッターが描かれており、設計図に記載されている品名は「CD-P-601」である、が右品名の記憶はない旨供述している(第三回同人調書一九項、二〇項)。

このように、当時現場担当者である証人太田が、実際に使用しており改良がチームを組んで行うほどの要請があった物の品名を全く記憶しておらず、また設計図に記載のある他の製品の品名でさえ記憶していないのに、記憶していない品名から一〇年以上も前の単に納品書に記載されているにすぎない「TDA-CC」に品名が変更したことだけを何故鮮明に記億しているのか全く不可解である。

また、そもそも、溝付きカッターの品名が「TD」という文字がついているという前提に問題がある。

乙第一号証、二号証にはともに溝付きのカッターが描かれているのに、二号証には「CD-P-601」という品名が付されているのである。さらに草野は「TDA」について「チップドレッサーオート」という意味で理解しており(控訴審草野調書一二九項)、証人太田がいうような溝付きであるなしによって「TDA」という品名を用いた記憶はない旨供述している(控訴審同人調書一三八項)。

4 右に述べたように乙第三五号証ないし三九号証は、被上告人の主張を裏付ける証拠には何らなり得ないものである。にもかかわらず、右証拠を用いて被上告人の主張に沿った事実認定を行った原判決には経験則違反の違法が存する。

八 証人橋本の証言の信用性について

証人橋本は、一〇月下旬、一一月初めには検甲第一号証と全く形状が同じ溝付きカッターを製造し、それ以後も、全く形状に変化がなかったことを証言(第一審第六回同人調書九三項以下)している。

しかし、右証人橋本の証言によれば、昭和六二年一〇月下旬には、溝付きカッターの形状は確定しており、それ以降形状に全く変化なく作り続けていることになるが、これは前記甲第五号証の記述と明らかに矛盾しているし、第一審判決で、〈1〉昭和六二年一一月二八日の段階においても被控訴人と平田プレスとの間で刃が切削できない等の不具合について協議が続けられており、平田プレスが草野が持ってきた溝付カッターをすぐにこれで良いといって控訴人に納入させたとは考えにくいこと、〈2〉証人橋本が平田プレス製作の見本と橋周機器製作所の試作品との異同を具体的に述べていないこと、〈3〉証人森谷が溝付きカッターの見本を製作しこれを草野に渡した事実を証言していないことを理由として到底信用することができないと述べられている(第一審判決一一枚目裏、一二枚目表)とおり、信用性がないことは明らかである。

九 草野の供述の信用性について

草野の被上告人製品の開発過程についての供述の信用性について、第一審判決は、先使用の事実を立証するための極めて重要な証拠である乙第一号証に関する供述の変遷が存在すること、乙第五ないし第二八号証、二九号証の一ないし四に関しても主張と供述が合致していないこと、客観的な証拠である甲第五号証と矛盾することをあげてその信用性を否定している(第一審判決一一枚目裏から一五枚目裏)。また、控訴審の供述も第一審判決で指摘されているにもかかわらず、乙第一号証の作成時期に関し変遷を繰り返している(控訴審同人調書一六一項ないし一七七項)。

第一審、控訴審を通じて草野のとったかかる供述態度及びその供述内容が甲第五号証と矛盾することからもその信用性がないことは明らかである。

一〇 証人太田の供述の信用性及び乙第三五号証について

1 証人太田の供述が信用できない旨はすでに述べている点に加えて、以下の点からも明らかである。

2 まず、証人太田は、今回の証言は日記や日報などを確認したのではなく裁判に書証として提出された議事録と記憶にのみ基づいて供述している旨証言する(控訴審第二回同人調書一七〇項)が、そのわりには一〇年以上も前の事柄について日付などについては詳細に供述するものの、他方で、実際に自分が担当していた業務に関係する品名等についてはよく覚えていない旨を証言している。かかる供述態度及び内容からすれば、その証言は信用できないことは明らかである。

3 さらに森谷証言と食い違っている点が多々ある。

電動ドレッサーのカッターの刃をよく切れるようにすること、それをどの業者に依頼するかは昭和六二年三月以降、保全グループ(技術管理グループ)全体の重大な関心事である(第一審森谷調書五八項)にも関わらず、同じグループである両者が異なった供述をしている。

すなわちアイエスから仕入れたカッターの不具合改善の相談を数社に依頼したが、第一審で森谷がキョクトーはその内の数社の一つである旨証言しているにもかかわらず、証人太田は同社がメインであった旨証言する(控訴審第二回同人調書二〇七項)。

また、森谷はアイエスが薄い溝つきのカッターを持ってきた旨証言するが、証人太田はその事実はない旨証言する(控訴審第二回同人調書二一五項)。

4 株式会社ヒラタは、本件考案の考案者である被控訴人が経営するアイエスを排除して控訴人と取引を初め、現在も、株式会社ヒラタは控訴人の本件溝付きカッターの大口の納入先である旨控訴人代表者草野は供述している(控訴審草野調書一九五項ないし一九八項)。

このように株式会社ヒラタが被控訴人を排除して控訴人と取引を継続している事実からすれば、右株式会社ヒラタは控訴人と経済的利益を一にしており、更に言えば、侵害品を購入し業として使用しているということは、本件実用新案権を侵害していることに他ならないから、かかる意味では被上告人と利害が共通しているので、右ヒラタの従業員である証人太田の証言の信用性には大いに疑問がある。

5 また、証人太田の供述によると、昭和六二年一一月一〇日に溝なしカッターが五個、控訴人から納入されたきりその後二ヶ月間、納入がなく(第三回同人調書九三項)(しかも、その後の納入の証拠は一切提出されていない)、当時オートドレッサーは二八台あったわけ(控訴審第三回同人調書九五項)であるから、二ヶ月の間うち二三台は溝なしカッターが付いていたことになる(控訴審第三回同人調書一〇二項)。

同人は溝付きカッターの耐久性を見ていたと証言しているが、そもそも、刃の寿命は普通一週間である旨のべており(控訴審第三回同人調書一九七項)、他方で五個納入された溝付きカッターが二ヶ月もの間一切研磨もしないまま現場に取り付けられていたと供述している(控訴審第三回同人調書一九九項)。

右供述から耐久性を見ていたとの供述は信用できず、また、供述に矛盾が多数存在することから、五個の納入したとの証言を信用することができないことはあきらかである。

一一 右に述べたとおり、被上告人の製品の開発過程について、客観的証拠は存在せず、証人橋本、証人太田の証言、草野の供述はいずれも信用できないものであるにもかかわらず、被上告人の主張を認めた原審判決は明らかに経験則に反しており、経験則違反・理由不備の違法が明白に存する。

以上

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